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神戸地方裁判所 平成3年(行ウ)2号 判決

原告

島内洋行

右訴訟代理人弁護士

中山知行

被告

兵庫県警察本部長 滝藤浩二

右訴訟代理人弁護士

俵正市

右訴訟復代理人弁護士

寺内則雄

右指定代理人

汐田敏博

鮫島榮次

真鍋敏治

大村浩三

藤澤明彦

鎌倉良哲

松田保

事実及び理由

第三 争点に対する判断

一  争点1について

1  原告は、原告とキヨ子が当事件当時に同居していたのであるから、原告には住居侵入罪は成立しないし、キヨ子の負傷も、原告の暴行によるものではなく、同人が階段から落ちたことによるものであり、また、原告が故意をもって窓ガラスを割ったのではないから、器物損壊罪も成立する余地はなく、当事件は、被告が本件処分を正当化するためにその筋書きを作り上げたものであると主張する。

そこで、この点について検討するに、〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。

(一)  原告は、明石市内の自宅に妻子と居住していたが、昭和五八年ころ飲食店でキヨ子と知り合い、それ以降同人と不倫関係を結んでいた。

キヨ子は、原告と別れるため、住居を転々としたが、原告は、無理やり、キヨ子の住居に入り込んで、不倫関係を続けていた。

キヨ子は、原告との関係を清算することを決意して、原告との接触を避け、平成二年九月三日、兵庫県明石市西明石南町一丁目九番一三号の借家(以下「本件借家」という。)に引っ越した。

原告は、キヨ子の別れ話を受け入れず、当事件当日までに三回キヨ子宅を訪れたが、キヨ子は、原告に本件借家の鍵を渡さなかった。

(二)  原告は、平成二年一〇月一五日夜、キヨ子が働いている店に二回ほど電話をかけ、「家に入れてくれ。フェンスの所で待っている。」等と申し入れたが、キヨ子は、断って、帰宅した。

(三)  原告は、同月一六日午前二時三〇分ころ、キヨ子宅を訪れ、玄関のチャイムを何度も鳴らしたので、キヨ子は、娘婿宅に電話で助けを求めるとともに、家屋内から原告の帰宅を促した。

原告は、「中に入れんか。」と怒鳴りながら、玄関の戸を叩き、玄関に設置された防犯照明灯を叩き割り、キヨ子が更に原告に帰宅するように哀願するのを無視して、応接間南側の掃き出し戸のガラスを叩き割り、同破損箇所から手を差し入れて、戸の施錠をはずした後、土足のまま同所から家屋内に侵入した。

その後、原告は、室内でキヨ子に対して殴る。蹴るの暴行を加え、キヨ子に全治三〇日位を要する左上顎部・左膝・左下腿部挫傷、右手第一MP関節捻挫、前頸部捻挫、右大腿挫創の傷害を与えた。

キヨ子は、電話を聞いてキヨ子宅に駆けつけた娘婿に助けられ、その付添いを得て下着姿のまま、最寄りの明石警察署西明石派出所に被害の申告をした。

(四)  キヨ子は、前記傷害の治療のため、平成二年一〇月一七日、西明石の病院に入院したが、原告は、同月二一日ころから何回も同病院に赴いて、キヨ子に対し、当事件を取り下げて欲しい、階段から落ちたことにして欲しいと頼んだり、被害届を取り下げないと仕返しをすると言って脅かしたりした。

(五)  キヨ子は、平成二年一〇月二六日か二七日ころ、副署長に電話をして、当事件について階段から落ちたことにしてくれとか、原告を処分しないように上申してほしいなどと申し入れたので、翌日、副署長は、右病院にキヨ子を見舞い、何かあれば、一一〇番するように助言をした。

キヨ子は、同じころ、原告が今後は一切キヨ子の後を追わないし何もしないと約束をしたので、被害届の取り下げをしようと明石警察署に赴いたが、思い直して、結局その取り下げをしなかった。

(六)  原告は、平成三年一月八日、金二万円をキョ子の面前に置いていったが、キヨ子は、示談の意思がなかったので、原告宛てに返送したものの原告が受け取りを拒否したので、同年二月二七日、右金員を神戸地方法務局明石支局に供託した。

(七)  当事件は、明石警察署により、原告を被疑者とする器物損壊、住居侵入及び傷害被疑事件として捜査が行われ、平成二年一二月四日、神戸地方検察庁明石支部に送致されたが、平成三年一二月二六日、神戸地方検察庁において、起訴猶予となった。

2  以上の認定事実によれば、本件借家に移る以前において、原告とキヨ子が原告主張のような同居同然の不倫関係にあったとしても、当事件当時、キヨ子は、原告と絶縁しようと決心し、原告に対して本件借家の鍵を渡さなかったのであるから、原告とキヨ子が当事件当時にキヨ子宅に同居していたとする原告の主張は採用することができない。

また、原告は、キヨ子の負傷が階段から落ちたことによるものであるし、窓ガラスは故意に割ったのではないと主張するが、これらの主張も前記認定事実に照らして採用することができない。

更に、原告は、キヨ子が二度にわたって被害届の取り下げを願い出たのに受け付けられたかったと主張するが、キヨ子が右取り下げをしようと考えたのは、前記認定のとおり、原告の執拗な脅迫と依頼によるものであり、キヨ子の真意に基づくものではないと解され、他方、キヨ子は自らの意思でその取り下げを思い止まったものであるから、原告の右主張は採用することができない。

二  争点2について

1  本件辞職願に意思表示の欠缺・瑕疵はあったか。

(一)  原告は、本件辞職願は原告が被告に強要されてやむなく書いたものであるから、原告には辞職についての内心的効果意思はなかったのであり、本件辞職願は無効であると主張する。

そこで、辞職願の法的性質について検討するに、公務員の辞職とは、本人の退職申出に対し任命権者がこれを承認することによって公務員がその身分を失うことであり、右退職の承認は、退職申出を要件とする任免権者の一方的行政行為であるから、辞職願は、退職承認の要件である退職の申出を内容とする公法上の意思表示であると解すべきである。

そして、退職の申出が公法上の意思表示であるとしても、退職は公務員の身分にかかわる重要な事項であり、特に本人の意思が尊重されるべき性質のものであることからすれば、強迫等により、全く意思の自由を奪われた状態のもとで退職の申出の意思表示がされたのであれば、当該意思表示は、効力を有しないものと解するのが相当である。

(二)  そこで、本件辞職願は、原告が意思の自由を奪われた状態で作成されたものか否かについて検討するに、〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。

(1) 現職警察職員の不祥事案に対する刑事及び人事上の一般的対応とその手続について

<1> 警察官の犯罪については、特に厳正かつ公平な捜査を推進するために各都道府県警察本部長(以下「本部長」という。)の指揮事件とされており、捜査の着手、捜査方針の樹立、送致その他の捜査の指揮は本部長が行うこととなっているため、警察署長は、この種の事件が発生し又はこれを認知したときは、速やかにその概要を本部主管課長を通じて本部長に報告し、本部長の指揮を受けながら捜査を行うこととなっている。

<2> 警察職員の規律違反は、当該職員が所属する所属長あるいは職員の服務に関する事務を掌握する監察官において事実調査を行い、これについて懲戒処分の申立てをするが、これに関する手続は、次のとおりである。

警察職員は、他の警察職員の規律違反に該当する事実を認めた場合は、書面又は口頭若しくは電話により警察署長に速報しなければならず、また、各級幹部は、部下職員について職務上の義務違反若しくは怠慢非行を認めたときは、その事実を調査して警察署長に報告しなければならない。

そして、警察署長は、警察職員の刑事事件及び警察の信用を著しく失墜すると認められる事案等が発生し又は発覚したときは、直ちに監察官を経由して本部長に報告しなければならず、当該事案が処理解決されるまでは、逐次その状況を追報しなければならない。

また、警察署長は、非行事案を起こした職員が所属する所属長に通知するとともに、この通知を受けた当該署長は、発生を認知した警察署長と同様にその状況を監察官を経て本部長に報告しなければならない。

刑事事件等にかかる規律違反を行った職員の処分については、当該職員を指揮監督する所属長は、その規律違反について懲戒手続に付する必要があると認めるときは、本部長に申立てをしなければならず、監察官は、自ら認知し、調査をした職員の規律違反について懲戒手続に付する必要があると認めるときは、本部長に申立てをすることができる。

更に懲戒の申立てを受けた本部長は、必要な調査を行い、懲戒処分を必要とすると認めるときは、懲戒審査委員会に審査を要求し、同委員会の審査の答申に基づき、懲戒の処分を決定し、当該職員に処分書を交付して地方公務員法に定める懲戒の処分を行う。

(2) 当事件についての刑事及び人事上の対応

<1> 前記一1(三)のキヨ子の被害申告により、当事件は、事件発生当日である平成二年一〇月一六日、刑事事件として明石警察署長から捜査第一課長を経由して被告に報告されるとともに、原告の所属する玉津警察署長にも通報され、更に、警察職員の規律違反として、監査官室長を通じて被告に報告された。

<2> 監査官室長は、事案の重大性から複数の監察官に任務を分担して事案の処理に当たらせるとともに、捜査に当たっている明石警察署長及び玉津警察署長に対して事実関係の把握とその報告を求める一方、この事案の事件捜査の主管課となる捜査第一課長に対し、参考となる情報の通報方の協力要請をした。

<3> 監査官室長は、当事件当日、馬場監察官に明石警察署や玉津警察署等に赴いて事実調査をするように指示し、同監察官は、同日午後七時ころから一一時ころまで、玉津警察署長公舎において、同署長とともに、原告に対して事情聴取をした。

その際、馬場監察官及び署長は、過去の経験を踏まえて、原告の行為は重大な規律違反であり、このままでは懲戒免職処分になる可能性があると判断し、原告に対して責任をとって辞職する方が良いのではないかと勧めたところ、原告は、右署長らに対して警察官としてすべき行為ではなかったと認め、一旦は始末書を作成しながら、その後、これは単なる痴話喧嘩であると主張して、右始末書を破り捨てた。

この報告を受けた監察官室長は、今後は、明石警察署長の指揮下において刑事事件の捜査を進めるように指示をした。

<4> 当事件発生後約二週間の間に、明石警察署の係官は、原告に任意出頭を求め、当事件について四回にわたり取り調べをしたが、原告は、その過程で「他人の妻でも、長年夫婦同然の生活をしていたので、これは単なる痴話喧嘩である。これが刑事事件や懲戒免職処分になるはずがない。」等と主張していた。

明石警察署長や捜査第一課長は、監察官室長に対し、被害者やその他関係者の取り調べ等の捜査状況について逐一報告をしていた。

<5> 平成二年一〇月二二日、玉津警察署長から被告に対して懲戒手続のための申立てがされた。

監査官室においても、独自に必要な調査や資料の収集を行った結果、当事件は懲戒審査委員会に付する必要があるとの結論に至ったが、監査官室長は、原告の勤続年数や長女の就職等家庭の諸事情を考慮した上、原告が自ら反省して辞職するのならその辞職願を受理し、諭旨免職とすることも可能ではないかと考えていた。

(3) 原告が本件辞職願を書くに至った経緯

<1> 原告は、平成二年一〇月一七日午後三時ころ、宮田調査官と明石警察署付近の喫茶店「歩」で会い、当事件について、痴話喧嘩であるが、規律違反の行為であるので、免職処分以外ならどのような処分でも受ける覚悟であると語った。

宮田調査官は、原告の話を十分聞いた上で、原告が起こした事件の内容やこれまでのこの種の規律違反に対する処分状況等からして、懲戒免職処分の対象になると判断し、原告に対して懲戒免職処分になる前に辞職した方がよいと助言した。

<2> 宮田調査官は、その後、平成二年一〇月三一日までに、同年一〇月一八日、同月二四日の二回にわたり原告に会い、辞職を勧めたが、その際、原告は、「キヨ子にはめられた。このまま組織に残ってもいい目を見ることはない。退職して女房らと商売をしようと思う。長女の就職試験があるので、できるだけ辞職の日付を延ばしてほしい。年次休暇は完全に消化したいし、年末ボーナスも貰いたい。」等と語った。

<3> 宇野監察官と副室長は、平成二年一〇月三一日、原告から直接事情を聴取するため、原告をパレス神戸の別館会議室に出頭させ、午前九時三〇分ころから午後三時過ぎまでの間、原告から事情聴取をした。その際、副室長は、原告に対し、原告の行為は警察官としてふさわしくない重大な規律違反であるので、懲戒処分に処せられるよりは潔く辞職する方法もあるのではないかと助言をした。

その結果、原告は、最後に「一晩だけ考えさせて下さい、辞職願の提出について妻と相談します。」と答えたので、副室長は、原告に対して翌日午前九時三〇分に再び出頭するように伝えた。

<4> 監察官室長も、原告本人から真意を確認する必要があると考え、平成二年一〇月三一日午後三時二〇分ころから原告と面接した結果、原告は「監察官室長らによく話を聞いてもらって、私も納得しました。相談する人がいますので、相談してから明日結果を出します。」と返答するとともに、「自分は警察の仕事しか取り柄のない人間である。今、辞めた場合に、何でもできるというわけでもないので、何とか警察の外郭団体とか、そういうところに再就職をお願いできないか。娘がかなりいいところに就職できる予定なので、できるだけ退職日を遅くしてほしい。」等と依頼して帰宅した。

<5> 原告は、平成二年一〇月一三日午後一〇時四五分ころ、宮田調査官に電話をして、「今日、監察官から事情を聴かれ、辞表を出すことにした。明日の朝会ってほしい。」と頼み、翌一一月一日午前八時三〇分ころ、原告が指定した兵庫県警察本部付近の喫茶店「あさひ」で宮田調査官と会った。

その際、宮田調査官は、原告との間で、現在の立場、原告の家庭事情及び将来のこと等を話していたところ、原告は、いきなり「辞職願をここで書きます。」と言い出した。

そこで、宮田調査官は、「ここで書くのは他の客の目もあり具合が悪いから、店を出て警察本部の私の部屋で書くように。」と言い、原告を連れて警察本部東庁舎へ行った。

<6> 宮田調査官が原告を警察本部東庁舎の同人の部屋の隣にある空部屋に案内すると、原告は、「ボールペンと白紙を貸してほしい。」と申し出て、宮田調査官からボールペンと白紙数枚を受け取って辞職願を書きはじめ、「昨夜、兵庫県警察法規集を見てきたので辞職願の様式はよく分かっています。辞職願の「願」の後に送り仮名の「い」は要りますか。」と言いながら、用紙二枚を書きつぶした後、三枚目で書き上げた。

その後、原告は、手提げカバンの中を探していたが、「印章を忘れてきた。乗ってきた車の中にあるかもしれない。この辞職願はこのまま監察官のところに持っていき、それで印鑑を押します。」と行ったので、宮田調査官は、原告と一緒に部屋を出て、玄関まで送って別れた。

<7> 宇野監察官と副室長が平成二年一一月一日午前一〇時一〇分から約三〇分間、原告と面接したが、その際、原告は、前記辞職願を手交した。

辞職願には押印がなかったので、宇野監察官が印鑑がないがどうしたのかと質問したところ、原告は、昨夜妻に手提げカバンに入れておくよう言ったのだが、見当たらないと答えた。

宇野監察官は、原告が病院に入院中のキヨ子に被害届の取り下げを促すようなことをしたため、原告に対し、正当な理由があって警察の承認があった場合のほか、キヨ子に面談を強要したり電話によるいやがらせ等をしないよう約束させ、誓約書の提出を求めたところ、原告は、その場で、その旨の誓約書を作成し、宇野監察官に手交した。

退職願の印鑑について、宇野監察官が念のために後で押してくれるかと尋ねると、原告は、車で来ているので帰宅して印章を取ってくると答えた。

そこで、宇野監察官は、退職の諸手続もあるので、午後一時に玉津警察署に行って待っているから印章を持ってくるようにと伝えたところ、原告は、同署の敷居が高く行きにくいので、同署に行って裏門を開けて待っていて欲しいと依頼した。そこで、宇野監察官は、裏門を開けて署外で待ち、署員にわからないよう署長室に入れるようにするから、午後一時に玉津警察署に来るように告げたところ、原告は、これを了承した。

そして、宇野監察官は、原告から辞職願を玉津警察署長に届けることについての了承を得た上で右辞職願を預かったが、その際、原告は、よろしくお願いしますと述べていた。

その際も、原告は、宇野監察官に対し、辞職の発令日は娘の就職が内定する一一月中旬ころにしてほしい、再就職は警察関係の外郭団体へお願いしたい等の要望をしたので、宇野監察官は、そういう話があったことは覚えておくと言って、原告を帰宅させた。

<8> 宇野監察官は、原告との約束どおり、玉津警察署に行き、裏門を開けて原告を署外で待っていたが、原告は、約束の午後一時をすぎても出頭しなかった。

(4) 以上の認定事実からすれば、原告は、平成二年一〇三一日以前から宮田調査官の勧めにより辞職を考え始めていたが、同日に監察官らの説得を受けて辞職するかどうか検討した結果、同日夜に宮田調査官に電話をした際には、辞職の意思を固めていたものと認めることができる。

そして、本件辞職願を書いた際の状況についても、前記認定のとおり、原告は、自分から辞職願を書くと宮田調査官に告げて、同調査官からペンと白紙を借りて本件辞職願を書き、それを監察官らのもとに持参したのであるから、原告が意思の自由を奪われた状態であったと認定することはできない。

したがって、本件辞職願は、原告が自らの意思によって作成したものと解されるから、辞職願を書かなければ懲戒免職処分に処するとの監察官らの強要によって無理やり書かされたものであり無効であるとする原告の主張は採用することができない。

2  押印を欠く辞職願の有効性

兵庫県警察職員勤務規程二五条の二は、警察職員が辞職しようとする場合は、辞職願(付録の3)を所属長を通じて警察本部長に提出し、その承認を得なければならないと規定しており、同付録の3の書面の右下には、「階級(身分)氏名 印」と記載されている。

そこで、押印を欠く辞職願の有効性について検討するに、前述したとおり、公務員の辞職とは、本人の退職申出に対し任命権者がこれを承認することによって公務員がその身分を失うことであり、右退職の承認は、退職申出を要件とする任免権者の一方的行政行為であることからすれば、退職の申出は要式行為ではなく、辞職願は、退職の申出が本人の意思によるものであることを確認するための手続にすぎないということができる。

そして、退職の申出が本人の意思によるものであるか否かを確認するためには、必ずしも書面によることは必要でないと解されるから、右規定は、単に辞職の際の一般的事務手続及び様式を定めたものにすぎず、効力規定ではないと解するのが相当であり、仮に押印を欠く辞職願による退職申出であっても、本人に退職申出の意思があると認められる限り、無効とはならないと解すべきである。

そして、本件では、原告は、前記認定のとおり、自己の意思で本件辞職願を作成・交付したのであるから、原告には退職申出の意思があると認めることができ、押印を欠くから本件辞職願は無効であるとする原告の主張は採用することはできない。

3  原告は、本件辞職願について妻都子に押印の代行権限を与えたか。

(一)  仮に、押印を欠く辞職願が無効であるとしても、本件辞職願は、妻都子により押印がされているので、右押印が有効なものであれば、本件辞職願は形式上も有効となる。そこで、原告が、妻都子に押印の代行権限を与えたか否かについて検討するに、〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。

(1) 平成二年一一月一日午後零時四〇分ころ、妻都子から宮田調査官に対し、「今主人から電話があり、宮田調査官に伝言してくれとのことです。その内容は、玉津警察署に行ったが敷居が高くて入れないとのことです。」という電話があったので、同調査官は、妻都子に対し、原告の所在を尋ねたが、判明しないとのことであった。

宮田調査官は、とりあえずこのことを副署長に電話で連絡したところ、玉津警察署では、原告が来署することになっているので、別館の二階に部屋を用意しているとのことであった。そこで、宮田調査官は、その旨を妻都子に電話して、原告から連絡があれば玉津警察署が十分に配慮している旨を伝えるとともに、原告の友人と思われる警察官等と連絡をとったが、原告の行方は依然として判明しなかった。

(2) 監察官室長は、玉津警察署長から原告が来署しないとの連絡を受けたので、家族から事情を確認するために副室長に原告の自宅に行くよう命じた。

副室長がこれから原告の家に行く旨を宮田調査官に電話で連絡したところ、宮田調査官が同行したい旨を申し出たので、宮田調査官と副室長は、同日午後七時ころ、同行して原告の自宅に赴いた。

原告宅では妻都子が在宅していたので、宮田調査官は、勝手口で妻都子に原告の行先等について聴取していたが、午後七時四〇分ころ、原告から電話があったので、宮田調査官は、玄関から原告宅に入った。

原告からの電話には、最初妻都子が応対していたが、その後、原告から宮田調査官に替わってほしい旨の申出があったため、宮田調査官が電話を替わった。

その際、原告が「今、岡山の日生の寿司屋から電話をしている。」と述べたので、宮田調査官が今から同所へ赴くと言うと、原告は、「来てもろうたら困る。一人にしておいてくれ。」と言い、泣きながら、「約束どおりに玉津警察署に行って裏門から入ろうとしたら、鍵がかかっておって入られへんかった。監察官が来られているならよう謝ってくれ。」等と話した。

そして、本件辞職願について、原告は、「今日付けで辞職願を作った。私が承知しておるんで、嫁さんに言うて、辞職願に印鑑を押してもろうてくれ。」と何回も繰り返し、「どうか、退職の日付をずうっと先にしてほしい。それをようお願いしてくれ。」と依頼した。宮田調査官は、「そのことを上司に言うておく。」と返答し、「奥さんに替わる」と言うと、原告は「いいです。いいです。」と言いながら電話を切った。

宮田調査官は、妻都子に、「辞職願を作った分について、奥さんから印鑑を押してもろうてくれと、こういうことを言うております。」等と原告の述べたことを伝えたところ、同女は、「私も電話でそのことを聞きました。」と述べた。

そこで、宮田調査官は、玄関から出て、戸外の車の中で待っていた副室長にその旨を報告した。

その後、副室長が本件辞職願等を取り寄せて原告宅に入ってくるまでの間に、宮田調査官は、妻都子に念のため押印が原告の依頼によるものであることを明らかにする書類として自認書を提出してもらった方がよいと判断し、カバンの中にあった用紙を渡してその作成を申し出たところ、同女は、自認書の内容を宮田調査官に問うたので、宮田調査官がその趣旨内容を説明すると、了解し、隣室で自認書を作成して宮田調査官に手交した。

宮田調査官から報告を受けた副室長は、直ちに近くの派出所から電話で署長に連絡して本件辞職願と誓約書を持参させて原告宅に入り、これらの書類を妻都子に手渡したところ、同女は、副室長に対し、「これは主人の自筆に間違いございません。電話でも辞職願を出したことを聞いております。判を押すように言われておりますので。」と言って、副室長と宮田調査官の目前で押印した。

宮田調査官は、原告から連絡があれば、知らせるように妻都子に伝えて、副室長とともに、原告方を出た。

(3) 副室長は、押印された右辞職願、誓約書及び自認書を署長に渡し、署長は、平成二年一一月一日付けで被告に対して本件辞職願の申し出に関する上申をした。

(二)  以上の認定事実からすれば、原告は、妻都子に電話で、本件辞職願について原告に代わって押印をするよう依頼をし、妻都子もそれを承諾して本件辞職願に押印をした事実が認められるから、原告は、妻都子に本件辞職願について押印の代行権限を与えたものと解することができる。

この点につき、原告は、被告が妻都子に原告が辞職の意思表示をしたと虚偽の説明をして押印させたものであり、原告が妻都子に押印の承認を与えたことはないと主張するが、宮田調査官及び副室長の陳述書及び人事委員会での証言は、細部にわたり相互に一致しているだけでなく、乙第二号証の自認書の内容とも一致していることから、信用性が高いということができるし、たとえ被告に虚偽の説明をされたからといっても、妻都子が辞職願の押印という同人自身の生活にかかわる重要な事柄について、原告から何も依頼されていないのに、依頼された旨の虚偽の内容の自認書を書くとは考えられない。

したがって、原告の右主張は採用することができない。

4  配偶者による押印がされた辞職願の有効性

仮に、押印を欠く辞職願が無効であるとした場合、原告が妻都子に本件辞職願について押印の代行権限を与えたとしても、配偶者による辞職願の押印の代行が許されないのであれば本件辞職願は無効となる。

そこで、配偶者による辞職願の押印の代行が許されるかについて検討するに、前記二2で判示したとおり、公務員の辞職願は、退職の申出を内容とする公法上の意思表示としての性質を有するもので、辞職の申出が本人の意思に基づくものであることを明らかにするための手続にすぎないが、他方、退職の申出という本人の身分関係に関する重要事項であることからすると、自ら意思表示をすることが必要であり、代理人による意思表示は許されないというべきである。

したがって、辞職願の署名については、本人の自署によることを要すると解すべきであるが、押印については、代行によるものであっても本人の署名によって本人の意思は確認できるのであるから、代行も許されると解するのが相当であり、辞職願の押印は代理又は代行に親しむ性質のものではないとする原告の主張は採用することができない。

三  争点3について

(一)  原告に本件辞職願を提出する意思はあったか。

原告は、本件辞職願を半ば強制的に取り上げられたのであるから、原告には本件辞職願を提出する意思はなかったと主張する。

しかし、前記二1(二)で認定した事実によれば、原告は、平成二年一一月一日朝に、宮田調査官の面前で本件辞職願を作成し、宮田調査官に監察官のところへ持参すると言って別れ、同日午前一〇時ころから副室長及び宇野監察官と面接し、その際に本件辞職願を手交しただけでなく、宇野監察官の求めに応じて、誓約書をその場で書いて手交したのであり、原告の主張するような半ば強制的に本件辞職願を取り上げられたという事実は認めることができない。

(二)  辞職願は自ら署長に提出しなければならないか。

原告は、本来辞職願は、所属長である署長を経て警察本部長に提出されるべき手続となっているが、原告が署長宛に辞職願を提出したことはないから、正規の手続が履践されておらず、本件辞職願の提出は無効であると主張する。

確かに、原告は、本件辞職願を副室長及び宇野監察官に手交したのであって、直接署長のもとに届けたものではない。

そして、兵庫県警察職員勤務規程二五条の二によれば、辞職願は所属長を通じて警察本部長に提出することとなっているが、これは辞職願の重要性を考えて間違いのないように規定された手続規定にすぎず、本人が自ら署長の手元に届くことが確実な状況に本件辞職願をおいたのであれば、直接署長宛てに提出がされなくても退職の申出が無効とされるものではないと解すべきである。

そこで、本件辞職願を副室長及び宇野監察官に手交することが、署長の手元に届くことが確実な状況においたといえるか否かを検討するに、前記二1(二)(3)で認定したとおり、原告は、平成二年一一月一日午前一〇時一〇分から副室長、宇野監察官の二人と面接した際に本件辞職願を宇野監察官に手交したのであるが、その際、宇野監察官が原告に対して辞職願を署長に届けるがそれでよいかと尋ねたところ、原告がよろしくお願いしますと答えたこと、警察官の規律違反行為があった場合には、署長は監察官を経由して警察本部長に報告しなければならなし、監察官は、事実調査をして、懲戒手続に付する必要があると認めるときは、警察本部長に懲戒手続の申立てをすることができる権限を有する機関である。本件においても、右認定のとおり、監察官室長は、当事件の捜査状況について、明石警察署及び捜査第一課長から逐一報告を受けており、副室長及び宇野監察官は、監察官室長の指示を受けて、平成二年一〇月一三日、原告に対し、辞職について助言をしたものであることからすれば、このような経緯の下で、原告が本件辞職願を副室長及び宇野監察官に手交することは、署長の手元に届くことが確実な状況にあったものと解することができる。

したがって、原告が署長宛てに本件辞職願を提出していないから、正規の手続が履践されておらず、本件辞職願の提出は無効であるとする原告の主張は採用することができない。

四  争点4について

1  辞職願の撤回の可否

原告は、本件辞職願が原告自身及び妻都子によって撤回されたと主張する。

そこで、辞職願の撤回の可否について検討するに、辞職願の性質が退職の申出を内容とする公法上の意思表示であり、退職の承認の要件としての退職の申出の効力を有するほか、それ自体で独立に法的意義を有する行為ではないこと、公務員の身分にかかわる重要事項であるという性質上、本人の意思を重視すべきことからすれば、退職の承認がされるより以前にこれを撤回することは原則として自由であると解すべきである。

そして、その方式について明文の定めのない現行法の下では、その撤回は文書によると口頭によるとを問わないと解すべきである。

ただ、退職の申出及びその撤回は、公務員の身分にかかわる重要事項であることからすれば、代理人による撤回の意思表示は許されないと解すべきであるから、原告の本件辞職願は妻都子により撤回されたとの主張は、妻都子が撤回の意思表示をしたか否かにかかわらず採用することができない。

2  本件辞職願について原告の撤回の意思表示の有無

(一)  乙〔証拠略〕によれば、本件辞職願が提出された後、本件処分が行われるまでの原告の行動について、次の事実が認められる。

(1) 原告は、平成二年一一月三日午後六時三〇分ころ、宮田調査官に電話をかけ、辞職願も出したので一度会って話をしたいと述べたので、宮田調査官は、同月五日の昼に会うことを約束した。

同月三日午後九時過ぎころ、原告は、副署長の自宅に電話をかけ、自分という人間を知ってもらうためということで、キヨ子と今まで付き合ったこととか、明石警察署で調べられていることなどを副署長に対して一方的に話た。

副署長が一回会って話を聞きたいと言うと、原告は、また連絡すると答えて電話を切った。

(2) 原告は、平成二年一一月五日午後一時三〇分ころ、原告宅付近の喫茶店で宮田調査官と会い、当事件について、痴話喧嘩であることを繰り返し述べ、キヨ子の悪口や警察の取り調べ等についても不満を述べた。

他方、副署長は、同日、原告の自宅に赴いたが、原告が不在であったので、妻都子に対し、辞職承認の日が同年一一月九日ということで本部長の承認がおりたこと、同日午後一時ころに人事異動通知書を交付するから玉津警察署に出てくること、給貸与品を返すことなどを原告に伝言するように依頼したところ、妻都子は、これを了承した。

(3) 平成二年一一月六日、副署長が原告宅に電話をしたところ、原告は、電話に出て、給貸与品について、警察手帳はキヨ子の家の台所にあり、自分は所持していないと弁明したので、副署長は、同日、キヨ子宅に赴いて探したが、発見できなかったため、その足で原告宅に赴いた。

しかし、原告が不在であったため、副署長は、妻都子に原告から連絡があったら電話を入れてほしいと伝えた。

原告は、同日午後二時二〇分ころ、副室長に電話をかけ、「辞めるにしても、被告や警務部長に会って話してみたい。どう考えても男女間の問題で納得できないところがある。辞めるにしてもできるだけ延ばしてほしい。」等と伝えた。副室長は、「君自身が納得して辞職願を書いたではないか。自分の主張について不十分な点があれば、まず出頭して、上司の署長や副署長に話すのが筋だろう。」等と答えると、原告は、納得して電話を切った。

(4) 原告は、平成二年一一月七日午前一〇時過ぎころ、副署長に電話をかけ、昨日は就職のことで人に会っていて留守をして失礼した旨述べたので、副署長がキヨ子宅に手帳はなかったと告げると、原告は、キヨ子が隠しているからもっとよく探してくれ、キヨ子は自分をだまそうとしていると答えた。

同日午後三時三〇分ころ、妻都子から警務部長宛てに電話があり、警務部長が電話で話し中のため、代わって応対した警務課庶務係員がその旨を伝えると、妻都子は、事情を知らない係員に対し、原告が男女間の問題で辞めなければいけない、原告は女にはめられたなどキヨ子に対する愚痴や明石警察署に対する不満等を話した後、調べでは原告の申立てを理解してもらえないので、原告が納得していないところがある等と一方的に述べて電話を切った。

(5) 原告は、平成二年一一月八日午前一〇時二〇分ころ、副署長に対し「辞職の日を延ばしてもらえないか。」という内容の電話をかけたので、副署長は、自分の立場で判断できることではないから、玉津警察署に来て具体的に話をするよう勧めた。また、原告が出ていくと拘束されて帰れなくなるのではないかとおそれていたので、副署長は、身柄を拘束することは絶対しない、副署長として保証すると伝えたところ、原告は、同日午前一一時ころ出頭する旨を約束したが、結局出頭しなかった。

同日午前一一時過ぎころ、原告から副署長宛てに電話があり、副署長不在のため代わって電話に出た署長が「私が最高責任者として言い分を聞くから、玉津警察署に来なさい。」と勧めたところ、原告は、同日午後一時に出頭することを約束したが、またも出頭しなかった。

同日午前一〇時四五分ころ、妻都子から警務部長宛てに電話があり、警務部長が会議中であったため、代わって応対した警務課員がその旨を伝えると、妻都子は、「今朝、主人が玉津警察署の副署長に電話で辞職の日の延期について相談していました。副署長から重要なことなので署に出向いて来なさいと言われ、主人は玉津警察署に行きました。よろしくお願いします。」と述べた。

(6) 平成二年一一月九日、原告が人事異動通知書を受け取りに来なかったので、署長、副署長らが原告宅に赴き、署長は、午前一一時ころ、原告宅で原告に人事異動通知書を交付した。

原告は、受け取ったものの、刑事事件で調べられたとか、警察手帳はキヨ子のところにある等と一方的に述べた。

(7) 原告は、平成二年一一月一三日か一四日ころ、副署長に電話をかけて、娘の就職が決まったこと、すっきりしたのであっさり辞めようと思っている。給貸与品も返納すると述べたので、貸与品の返納の日時を一一月一五日午前一一時と決められたが、出頭しなかった。

(二)  以上の認定事実からすれば、原告は、本件辞職願を提出した平成二年一一月一日から本件処分のあった同月九日までの間に、辞職申出を撤回する旨の意思表示をした事実はないと解するのが相当である。

原告は、この点について、平成二年一一月八日に、原告が副署長に対して、妻都子が原告の依頼により警務部長に対して、それぞれ電話で本件辞職願の撤回の意思表示をしたと主張するが、原告は、玉津警察署あるいは警察本部にいつでも赴くことが可能な場所に居住していたのであるし、撤回の意思表示を文書ですることも可能であったのであるから、電話のみでその意思を伝えたとは考えられないし、原告が電話で本件辞職願の撤回の意思表示をしたという事実を認定するに足りる証拠も存在しない。したがって、原告の右主張は採用することができない。

五  争点5について

原告は、本件辞職願は被告の強迫によって作成されたものであるから、本件辞職願には意思表示の瑕疵があり、原告による本件辞職願の撤回の意思表示によって、本件辞職願は取り消されたと主張する。

確かに、辞職願は公法上の意思表示ではあるが、その性質上本人の意思を尊重すべき要請が強いことからすれば、強迫により辞職願が作成された場合には、当該意思表示を取り消すことができるというべきである。

しかし、本件においては、前記二1(二)で認定したとおり、原告は、自らの意思で本件辞職願を作成したものであって、その作成について被告による強迫が行われた事実は認められないから、原告の右主張は、前提自体において失当であり、採用することができない。

六  争点6について

原告は、当事件が、懲戒処分相当との理由により辞職願を提出しなければならない事案ではないから、本件処分は不相当であると主張する。

しかし、前記一1で認定した事実によれば、原告は、妻子がありながら、長い間、他人の妻であるキヨ子と不倫関係を結び、原告と別れようと決意したキヨ子の住居に無理に入り込んで不倫関係を続けようとして、本件の傷害、器物損壊という刑事被疑事件を惹起したものであって、公共の安全と秩序の維持を責務とする警察官としてふさわしくない行動をとったのであるから、そのような原告に対して、被告が監察官らを通じて辞職を勧め、それに従って原告がした退職の申出を承認した被告の本件処分は相当であったと解すべきである。

したがって、原告の右主張は採用することができない。

七  よって、原告の本件請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 辻忠雄 裁判官 渡邉安一 伊東浩子)

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